酒屋ドア開く音 チャリーン
主人：いらっしゃい、何にします。
ヤギ：はぁ～どうしよう
主人：おや、お兄さん。どうしなさった。さっきから浮かない顔で溜息ばかり。
ヤギ：あ～～～辛い
主人：何があったか知らないけど、よかったら話してごらんなさい。少しは気も紛れますよ。
ヤギ：つらいな～～
主人：ははぁ～ん、お兄さん 恋してるんだね。
ヤギ：えっ、わかります？
主人：なんとなくね。
ヤギ：はぁ～～
主人：失恋ですか？
ヤギ：いやぁ～～まだ、そんな段では。
主人：おやおや
ヤギ：向こうはこっちの事さえ知らないんだ。
主人：一方的に見てるだけですか？
ヤギ：はぁ～ つまり彼女と僕は違い過ぎるんだ、何もかも
主人：いいトコのお嬢さんってわけですか？
ヤギ：そういう事じゃないんだけど
主人：恥ずかしがらずに声かけたら、どうですか？若い時ってのは、当たって砕けろっていうじゃないですか？
ヤギ：ハァ、彼女すごく綺麗で・・・目がパッチリしてふわふわ柔らかそうな巻き毛で
主人：巻き毛ですか？
ヤギ：彼女、羊なんです。
主人：お兄さん、ヤギでしょう？！
ヤギ：そう、だからそこが問題ででも、彼女が丘をかけていく姿を一目見た時から、もう何も手につかず、一日中ぼぉーっとして、目はうつろ、胸はバクバク食欲もなくなって、夜も全然眠れなくて
主人：恋の病はお釈迦様でも草津の湯でも、治せないって言いますからねーーー
ヤギ：お釈迦様？草津の湯？ 何ですか？それ
主人：ハハハ・・・（笑）いやまあ、アジアの方のことわざみたいなものですよ。とにかく、コレばっかりはどうしようもないって話ってわけで・・・う～～ん、お兄さんも羊なら簡単なのに
ヤギ：へっ？
彼女と結婚できるなら、羊でも何でもなりたい
主人：ちょっと、お兄さん。
ヤギ：本気です。でも本当に羊になる方法なんて
主人：う～～ん、あるにはあるんだが
ヤギ：そんな事できるんですか？お願いです。教えてください！！
主人：いや～～、実のところヤギが羊になれるかってのは俺もわからんよ。だけど、大昔から村はずれの黒い森深くに、願いを叶えてくれるって噂の魔女がいるにはいるらしいんだが
ヤギ：あの黒い森に・・・一度迷ったら戻ることはできないという森・・・
主人：悪いことは言わない。あきらめなさいよ。帰って来れないかもしれないよ～～
ヤギ：いえ、行きます。このままじゃ僕死んでしまうかもしれない。
ナレーター：そんなわけでヤギは魔女に会うため、黒い森に行く事を決意しました。
ヤギ：は～～聞いていた以上に深い森だな～～まだ午前中だというのに、ほとんどお日様の光が差し込まない。奥に奥に、まっすぐまっすぐ・・
魔女の事だけ考えて進めば、辿り着けるって言ってたな。何百年も前から生きている魔女・・・黒い森の魔女のおばあさん・・・・
魔女：あら、又自分本位な願い事を頼みに、誰か来たね。
ヤギ：あっーー、あそこだ。酒場の主人が言ってたとおりだ。すごく大きな木の幹の穴から煙がのぼってる。あの木、なんかうにうに動いてる。やっぱり気味が悪いな～～
あの～～こちら魔女のおばあさんのお宅ですか～～？
魔女：あら、失礼ね～～私がおばあさんに見える？
ヤギ：あっ、すみません。全然、みえません。何百年も前からここに住んでるって聞いて・・・おばあさんだと思い込んで。あっ魔女さんじゃないんですか？
魔女：もちろん魔力はあるわよ。
ヤギ：僕あなたにお願いがあって
魔女：あ～～きた～～、すぐこれだ。自分の都合ばかり、こちらの予定も無視ね。
ヤギ：あっ、お忙しいところすみません。順番があるんですね。
魔女：自分が頼みたい時だけやってきて、お願いがあるから叶えろって随分虫の良いはなしよね。
ヤギ：予約とかいるんですか？
魔女：そうね～～
ヤギ：今日は？
魔女：全然むりね～～
ヤギ：じゃあ、僕明日またたずねますね。
魔女：来るんじゃないよ。
（１度 退場）
ヤギ：こんにちは～～魔女さんごきげんいかがですか？今日は僕、ヤギのチーズを持ってきました。コレ、パンにのせて食べると美味しいんです。
魔女：まあ～～飽きもせず、今日も来たの。毎日毎日ミルクやブドウ持って。
ヤギ：だって、お土産もなしなんて失礼ですもんね。
ナレーター：こんな調子で次の日、また次の日とヤギはせっせと毎日魔女の家を訪ねました。
ヤギはその間、自分の願い事のことはなにも話しませんでした。ある日珍しく魔女は自分から、一匹のカエルの話を始めました。
魔女：私の所へは色々な人間が願い事を頼みにやってきたものだよ。永遠の美しさを求める女たち。隣の国を自分の領土したいが為に、戦に勝たせてくれと、この国の王も何人もの家来をつれて 訪れたこともあったね。
たくさんの宝石や金貨を持ってね。彼らは自分の願いが、隣国の民の願いとは真逆であることなんて、考えも及ばないのよ。
人間は欲深い・・・
人間以外の生き物はお前とカエルだけだったねぇ～～
ヤギ：カエルですか？
魔女：ずっと昔の話よ。ここよりももっともっと奥に井戸があってね、その井戸の中に一匹のカエルが住んでいたのさ。
その子はいつも空を見上げて、さみしい、ひとりぼっちは嫌だ。ここから出られたら飛行機乗りになりたいと、夢見ていたのよ。自分でよじ登るにはその井戸は、あまりに深かったんだよ。
ヤギ：で、カエルさんの願いは？
魔女：叶えたわよ。命をかけた悲痛な叫びだった。私の方から出かけて行ったのは、あの時が初めて。
ヤギ：そうか、叶えてあげたんだ。あなたは親切な人なんだね。
魔女：何をいってるんだか。仕方ないわね。で、お前の願いっていうのは？
ヤギ：やった～～とうとう魔女さんからその話がでましたね。嬉しいな～～ありがとうございます。
魔女：お前ねぇ～～毎日毎日 好きな娘の話ばかりするだけして、自分の願いは一言も言わないで帰ってるじゃないの。もう、あんたの好きな子がどんなに素晴らしいかって話、耳にタコができるほど聞かされたわ。好きなら好きと言えば済む話と違うのかねぇ～～
ヤギ：そう僕も思っていたんです。でも、彼女も周りには大きな羊のオスがたくさんいて、他の動物たちは全然近寄れないんです。彼女は羊たちのアイドルみたいなんですよ。
魔女：羊！！面倒な娘を好きになったものだね～～
ヤギ：だから僕、僕も羊に変身して仲間に入れれば話をするのも許されるって考えて。僕と結婚して下さいと伝えたいんです。どうか僕を羊の姿にかえてください。
魔女：ヤギも羊もそう変わらないと思うけどね～～お前、本当に羊になる覚悟はあるのかい。
ヤギ：はい、お願いします。
魔女：では、お前の願い叶えてやろう。でもね、もしその羊が他の者を好きだどしたら、それがわかった瞬間お前はヤギの姿に戻ってしまうよ。そうなれば、お前の本当の望みは叶わないよ。魔力を使って 望みが叶えられない時、私はお前の命を貰うことになる。自分の命をかけてでも 叶えたい願い事でなければ、魔力は効かないんだよ。どうする？ やめておいた方がいいんじゃないの？
ヤギ：いえ、僕を羊にして下さい。
魔女：いいんだね。では、この薬をお飲み。明日お日様が上がる頃お前は羊の姿になっている。
ヤギ：ありがとうございます。 ゴクリ
（退 場）
ナレーター：それから３日後
ヤギ：こんにちは。
魔女：お前その姿、ダメだったんだね。
ヤギ：ええ。彼女 話してくれました。彼女は羊飼いの青年に恋してるそうです。報われない恋でも側にいるだけで幸せなんだと。純粋に彼の幸せを願っていると。僕、それ聞いて恥ずかしくなって・・・魔法の力で彼女と結婚しようだなんて、僕 彼女に心から謝りました。彼女はとても僕のこと心配して、許してくれました。
魔女：そう、かなわなかったのね。なのにお前はわざわざ私の所へやって来た。命を取ると言っておいたはずだがね。
ヤギ：だって、それは約束だから。友人との約束を破るほど僕はひきょうじゃありません。
魔女：変わったヤギだねえ～自分が死ぬのがわかっていながら約束のためと・・・
えっ、友人？
ヤギ：そうです。僕は最初願いを叶えて欲しくて、ここにやって来たけど、いつの間にか、あなたとお喋りすることが楽しくて、あなたに会うために来るようになったんです。あなたはもう、僕の大事な友人です。
魔女：ヤギが友人とはね。なんてことかしら、もう～～今日はおかえりよ。
ヤギ：えっ、約束は。
魔女：なんだか気がそがれたよ。もう、命は取らないから、おかえり。
ヤギ：本当に？ありがとう。やっぱりあなたは親切な人なんだ。
魔女：そうだ。家に帰る前にあの井戸のカエルの様子を見に寄っておくれ。ここよりもっと奥深い場所だけど、井戸を見つけたいと心底願った者にはカエルの歌声が聞こえる。その声を頼りに進めば必ず、辿り着けるからね。
ヤギ：え～～何言ってるんですか。この前カエルさんの願いをあなたは叶えたと言っていた。カエルさんは井戸から出て飛行機乗りになったんでしょう？！
魔女：それは違うわ。カエルの本当の願いは、井戸の中から歌い続ける事だった。
この森は強い目的を持った者しか抜けだせない。
旅人は一度迷うと命が尽きるまで、さまよい続けるしかない。
飢えと喉の渇きで朦朧として、自分の小さな目的なんか忘れ、ただただ水を求める。
ただ生きたいという切なる願いを持った時、どこからかカエルの歌声が聞こえる。その声を頼りに井戸までたどり着けた者は、この森から抜け出せるのよ。
カエルはもし自分が井戸から出られたら、やはりその場から離れてしまうと思った。そうしたら、気の毒な旅人たちを助ける事は出来ないと。あの子は自分の欲ではない、迷った人間を救う事が自分しか出来ない使命だと気付いたの。だから、いまでもたった一人で歌っているわ。
ヤギ：わかりました。
僕は必ずカエルさんに会ってきます。
（ヤギ 退場）
魔女：ふん、あのヤギはカエルのいい話相手になるだろうよ。たった一人で暗い井戸の中に住み続ける人生を選ぶなんて酷すぎるわよね。
それにしても、私が何百年も待ちわびた唯一の願い
魔法の力が欲しくてここに来る者は、大勢いた。
でも、友人として会いに来る者は一人としていなかった。
それを叶えたのがヤギだったとは。
これでようやく私は眠る事ができる。
ナレーター：魔女はゆっくりと目を閉じ、永遠の眠りにつきました。
その顔は少し微笑んでいるように見えました。
