ヤギとパンやのおかみさん【脚本】

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心優しきマリア様、私の罪をお許しください。
私だって、思い出すことはあるんです。

あの日の事・・・
私のせいだったのかしら。
本当にちょっとしたオシャベリ。
それで事態が思わぬ方に 向かってしまった。
でも、元はと言えば自分勝手な男たちよ。
私に言わせればずる賢い神と、馬鹿正直に神との約束を信じた悪魔の
争い、そのとばっちりをあの子はうけたのよ。
そうよ。私は悪いことしてないんです。私は、いつも大切にしているの。
私の純粋な欲望を。

 

コンコン(小さくドアを叩く音)

 

主人:無理だよ、そんなもの食べろたって。

夫人:大丈夫、私がきっと探し出すわ。あなたは絶対助かるわ心配しないで

主人:ああ、そうだね。

 

コンコン(大きくドアを叩く音)

主人:おや、誰かがドアを叩いているようだよ。

夫人:えっ、そう?誰かしら。

 

パタパタ(走る)

 

夫人:はいはい、どなた?(ドアあける)
あら〜〜〜貴重な、いえいえ珍しいお客様。

ヤギ:こんばんは、僕コンスタンチノープルからやって来た者です。友達を尋ねてやって来たんですが・・・
彼この村にはいないようで。今晩泊めてもらえませんか?日が暮れちゃって、お腹もすいて・・・

夫人:あらまあ、それはお困りね、たいしたもてなしもできないけど、
よかったらどうぞ お入りなさい。

ヤギ:ありがとうございます。たすかりました。

 

カチャカチャ(食器の音)

 

ヤギ:ああ、美味しかった。僕、知らない所で本当にどうしようかと。

夫人:お友達ってヤギなの?この村にいたの?引っ越したのかしらね。

ヤギ:この村にいるって聞いてきたんだけど。一緒に商売を始める約束だったのに・・・

夫人:まあ、色々事情もあるようね、うちはパン屋なんだよ。でも今主人が
病気で困ってたのよ。あんたが手伝ってくれるんなら、好きなだけ
いてもいいんだよ。

 

ナレーター:そう言う訳でしばらくヤギはこのパン屋にとどまることになった。

 

 

夫人:ねえ、ちょっと。あの台に上って棚の上のお皿、おろしてくれる?

ヤギ:あっ、これですか?

夫人:その隣の、重いから気をつけてね。

ヤギ:あっ!!ガシャーン(皿われる)

夫人:ヒャっ

ヤギ:すみません、おかみさん。大丈夫ですか?ごめんなさい。

夫人:あんた、私の頭の上に落とそうとした?

ヤギ:そんなバカな。

夫人:ほほほ、冗談よ。片付けたら、毛糸まくの手伝ってちょうだいね。

ヤギ:ハーイ。おかみさん、この毛糸どうするんですか? もう、春ですよ。

夫人:今のうちから準備始めても間に合うかどうかねぇ。
毎年主人に新しいカーディガンとマフラーとセーターと編むのよ。
でも、今年はもう一枚多く編むのよ、お前のぶんだよ。

ヤギ:え〜〜〜そんな〜〜〜僕になんて・・・

夫人:痛っ!!

ヤギ:どうしたんですか?

夫人:なんで毛糸玉に針が???いた〜い。やだ、腫れてきちゃった。針で刺しただけなのに、血が止まらないわ。(後ろむいて)

ヤギ:大丈夫ですか?おかみさん。

夫人:平気よ、あとで主人の所にお医者様みえるから、一緒に手当してもらうわよ。心配いらないわ。ありがとう。

 

(急に怖い音楽)

 

ヤギ:おかみさん、お医者様はきませんよ。

夫人:えっ、どうして。

ヤギ:だって、僕、ご主人はだいぶ具合がいいから、今日は診察は結構ですってお医者様に言っておいたんです。

夫人:何言ってるの?あの人、日に日に弱ってるのよ。ここじゃもう何年も前から手に入らなくなった、アレを食べないと助からないかもって・・・

ヤギ:あなたは優しい。優しい顔で親切な事をいう。
でも本当は違うんだ。あなたはただのおせっかいのオシャベリ女さ。

夫人:どうしてそんなひどい事いうの。迷ったあんたを泊めてやって
食事まで出してやって。それなのに。

ヤギ:あの日もこんなおだやかな春の午後でしたね。

夫人:あの日・・・

ヤギ:もうわすれたんですか? あの日、あなたの庭にオオカミの皮を
被ったヤギが身を隠していた。
彼は神様から約束をやぶられた悪魔に殺されたんだ。

夫人:お前、あのときのヤギの

ヤギ:あのヤギは僕のたった一人の兄さんだ!!

夫人:おほほほほ(高笑い)そうだったの・・・おかしくて涙がでるわ。
そうそう、あのヤギ、気の毒だったわね。
もとはといえば、神がするいのよ。悪魔が作って大切にしてたヤギ達が
草木の根まで食べるからって、草木がかわいそうだなんて。
自分のシモベのおおかみに退治させちゃったんだわね。
怒った悪魔は神に賠償させようとしたら・・・クッくくく
神ってほんと、悪知恵が働くんだから。
全てのカシの木が葉を落としたら払ってやるだなんて。
南から北までカシの木の葉が全部落ちるのを確認して、この村に戻った
ら、あらあらこっちはもうすっかり春、あおばが茂ってるって。
くくく・・・・

ヤギ:何がおかしい。そのせいで僕の兄さんは   (泣く)

夫人:だったら悪魔に復讐したら?

ヤギ:あなたが悪魔に告げ口したから。あなたが庭に隠れてろって言ったのに。

夫人:告げ口なんてしてないわ。私は悪魔が友達の旦那様だなんて、これっ
ぽっちっも知らなかったのよ。
だから、話のはずみでオオカミの皮を被ったヤギの事、しゃべちゃった
だけなのよ。許して〜〜ごめんなさ〜〜い。

(ヤギの後ろに毛糸をもってまわる)ヤギの首をしめる。

ヤギ:くるし〜〜

夫人:お前がここに来た理由なんて、はじめっから判ってましたことよ。
この辺じゃあ、すっかりヤギはいなくなっていたからね。
友達の話なんて嘘ってすぐわかるわよ。
皿の件だって、お前をためしたのよ。

ヤギ:あの毛糸針には毒を塗っておいたんだ。僕を殺したって、
あんたも死ぬさ。

夫人:だからーー判ってたって言ってるじゃない。ヤギってほんとに可愛いわ
ね。刺さったふりに決まってるわ。

ヤギ:ぐえ〜〜〜

 

 

トントン(寝室のドア)
夫人:あなた、スープよ。これできっとよくなるわ。

主人:おや、これはヤギのスープだね。どうしたんだい、こんな珍しい物。

夫人:ルーシーのご主人に頂いたのよ。あなたの為にコンスタンチノープル
まで探しに行ってくれたのよ。

主人:ああ、うまい。身体の中から力が湧いてくるようだ。これで又元気に
なれるぞ。

夫人:そうね、でももう浮気ぐせは起こさないでちょうだい。
私のそばから離れないでね。

主人:もちろんだよ。ああ、これで又演奏旅行にもいけるんだ。

夫人:あらら、それはどうかしらね。

主人:あれっ、どうしたんだ。足の感覚だけないようだ。ずっとベッドで
寝てたからかな?

夫人:足?!感覚って。無いものに感覚なんてあるわけないわ。
これであなたはずう〜っと私と一緒。
これで、ずうっと。

主人:ギャ〜〜〜